2007年11月16日(金) 放送
「ビックカメラ店内公開 地元商店街も期待」




 
JR岡山駅前の旧岡山会館ビルに今月20日オープンする家電量販店
大手の「ビックカメラ」の店内が報道関係者に公開されました。
 
中国・四国地方へ初出店となる店舗は、地下1階から地上4階に入居。
店舗面積は、家電量販店では岡山県内最大となるおよそ1万1000平方
メートルで、カメラや薄型テレビ、パソコンのほか、おもちゃや酒、スポーツ
用品など、合わせて70万点を販売します。
 
一方、ビックカメラのオープンを心待ちにしているのが駅前商店街。
岡山会館ビル閉館後、一時は15にまで増えた空き店舗は、その後の
ドレミの街のリニューアルオープンなどもあってやや盛り返しているものの
今も入居募集の文字が目立ちます。
ビックカメラの進出は岡山駅前のにぎわい創出の起爆剤として大きな期待が
寄せられています。



2007年11月14日(水) 放送
「がん看護の専門看護師育成へ」




 日本人の死因で最も多い病気・がん。これまで一貫した教育体制の
なかったがん看護を充実させるため県は先月から専門の看護師育成に
乗り出しました。
 研修では県内の看護師17人が岡山大学病院でおよそ40日間、
実際にがん患者を受け持ち、目標と計画を立てて看護。また自分が
受け持つ患者の事例をもとに受講生同士で話し合い、精神的なサポート
方法について考えます。
 参加した倉敷成人病センターのある看護師は、患者の心まで
サポートする余裕はなかったと、改めて患者との関わり方について考えました。
 今後県内どこでも高水準の医療や看護が受けられる体制づくりのため、
研修会の成果に期待が高まります。


2007年11月12日(月) 放送
「農村の魅力まるごと体感ツアー」




 
農村の魅力を体感してもらおうというツアーが今月、岡山県内で始まりました。
消費者との交流を拡大して、地元の農産物や乳製品をもっと知ってもらおうと
いうもので、岡山県備前県民局が初めて企画しました。
 
参加者は、吉備中央町でサツマイモ掘りや、岡山市内の牧場でチーズや
アイスクリームの試食を体験したほか、牧場を見学して、牛の飼育方法などの
説明を受けました。
 備前県民局では今後、体験や直売を行っている農家のネットワーク化を
図るなどして、ツアーのコースやメニューの充実を目指しています。



2007年11月08日(木) 放送
「消防訓練に「NBC特別救助隊」出動」




 
全国一斉に秋の火災予防運動が始まるのに合わせ、岡山市消防局が
大規模な消防訓練を行いました。訓練には、生物・化学テロなどのとき
活動する「NBC特別救助隊」が出動しました。
 訓練ではまず、特殊な装備を使い、有毒ガスが広がっている
「汚染区域」を設定。汚染物質を除くためテントを張り、隊員や、救助された
人を水で洗い、徹底した感染予防策を講じて被害者を救出しました。
 
NBC特別救助隊は、岡山市消防局では南消防署におよそ20人で
組織され、普段は交通救助隊を兼ねて活動。
 1995年の地下鉄サリン事件などがきっかけで、5年前結成され、NBC隊
としては、2005年に岡山市でタンカーから有毒ガスが漏れ、2人が
死亡した事故など、これまでに3回出動しています。


2007年11月06日(火) 放送
「高橋選手も育ったスケートリンク 存続の危機」




 
フィギュアスケートの高橋大輔選手を育てたスケートリンク「ウェルサンピア
倉敷」に今、存続の危機が迫っています。理由は、国が年金財源の確保のため
全国にある健康福祉施設の売却を決め、サンピア倉敷も来年2月に
一般競争入札にかけられるため。
 
最低売却価格は施設と土地一式3億5300万円で、落札者が現れなければ
施設は来年3月末で閉鎖となります。また落札されたとしても、売却条件に施設の
事業継続はなく、4月以降「スケートリンク」などの事業を継続するかどうかは
落札者に委ねられます。
 昨シーズンこのスケートリンクを利用した人は一般の入場者を含めおよそ
2万7000人。関係者は、スケートレベル全体の向上には底辺の拡大と継続性が
欠かせないと、リンクの閉鎖を危惧しています。


2007年11月05日(月) 放送
「89歳 現役産科医」




 
産婦人科医のなり手が少なく全国的に問題となる中、岡山市
89歳の今も現役で出産を扱う産科医がいます。 
 
岡山市にある岡南産婦人科医院で理事長を務める高知床志さんです。
病院長で息子の勝利さんと、2人で年間およそ600の出産を扱っています。
 高知さんはこれまで、1万5000人以上の赤ちゃんの出産に携わって
きたことから、触れるだけで状態が分かるといいます。
 
高知さんは60年前、高知県の町立病院に赴任。そのとき第一子を
授かりますが「逆子」で、救う技術のない当時は、高知さんの懸命な処置にも
関わらず、1日もたず亡くなりました。
「同じ悲しみを誰にも味合わせたくない。1人でも多くの命を救う」と心に誓い、
それが今でも現役を続けられる源になっています。