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昭和9(1934)年、室戸台風は西日本にみぞうの被害をもたらした。岡山県の高梁川でも上流から中流の橋がほとんど流失し、昭和11(1936)年から同13(1938)年の短期間に数多くの橋が復旧された。当時の橋の代表的な形式、しかも大型の鉄橋がまとまって建造されたのは、全国的に見ても例がない。 新見市にある鍾乳洞・井倉洞の近くにある井倉橋(昭和11完成)。タイドアーチという当時の代表的な形式の橋。今は渓谷美で知られる井倉渓に溶け込んでいる。 |
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洪水の教訓から、橋脚の間を長くしたランガー形式が採用されたアーチ橋・田井橋(高梁市、昭和12年完成)。橋脚の間の長さは、88メートルを確保。当時の最新技術によりアーチ部分と桁が、互いに補強しあうことで軽量化が可能になった。 |
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方谷橋(高梁市、昭和12年完成)も田井橋と同じランガー形式のアーチ橋。地元備中松山藩の改革に腕を振るった山田方谷にちなんで命名された。現存する戦前に造られたランガー橋は全国で10基、そのうち、2基が高梁川で見られるのは、特筆すべきとされる。 |
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下流にあり、岡山を代表する昭和初期の大型トラス橋が霞橋(倉敷市、昭和3年完成)。室戸台風の被害からは免れた。トラスとは、鉄骨を三角形に組んだ構造を基本としたもの。設計は高名な橋梁設計家・増田淳。幾何学的な鉄組みと上部が7連のアーチ形をした美しい橋だ。下流に自動車道として新たに霞橋が整備されてからは、歩道橋として地域の人々に親しまれている。 |