香川県    小豆島の遺産群


創業当時に建てられた天然醸造蔵の外観
◆旧丸金醤油蔵群
(小豆郡小豆島町苗羽、明治末期から大正期)
 旧丸金醤油(現マルキン忠勇)の工場に車から降り立つと、プーンと醤油の香りが漂った。このエリアには、多くの醤油醸造所が立ち並び、古くから醤(ひしお)の郷として知られる地域だ。
 小豆島に醤油造りが始まったのは、文禄年間。紀州・湯浅(現在の和歌山県有田町湯浅町)から伝えられたとされる。讃岐は小麦や塩を産し、海運業が発達した島は船により大豆も容易に入手でき、雨が少なく温暖な気候が麹菌発育に適し、京阪神の大市場にも近いという諸条件に恵まれ、発展してきた。
 丸金醤油は、明治40(1907)年、創業者・木下忠次郎らの尽力で地元の醤油業者数社を糾合して小豆郡苗羽村(当時)の現在地に設立された。社名は、金刀比羅宮の紋章(丸に金)に因む。出荷量32,518キロリットル(2005年実績)で業界大手5社(キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ、ヒガシマル)の一角を占める。平成12(2000)年、神戸の漬物メーカー・忠勇と合併しマルキン忠勇となる。
 
 天然醸造蔵は、創業当時に建てられたとされる。312本の桶(おけ)が並ぶ光景は壮観。柱や梁にはもろ味が、びっしり張り付き長い時の流れを実感させる。仕込みは12~1月。秋田杉で造られた桶に大豆、小麦粉、麹菌に塩水を入れ発酵、1年熟成させる。人為的な温度調整や添加は行わない。天然蔵で造られた醤油は、思わぬ麹菌が混じり、近代的設備には無い味わい深い醤油が生まれるという。平成12(2000)年、登録有形文化財に指定。

 15号もろ味蔵は、大正12(1823)年建設で鉄筋コンクリート造りの壁体に切り妻屋根が載る。堂々とした妻壁の上端には○に金の社紋が大きくデザインされ、異彩を放つ。軒部にコンクリで垂木が表現されているのは、当時欧州を席巻したアールデコの影響か。内部は、コンクリ造の枡が65並び、もろ味醸造に使用されている。

 マルキン記念館は、蔵を再利用したもので、丸金醤油の歴史と醤油造りの古い道具類などが展示されている。ここも平成8年、登録有形文化財に登録された。


    天然蔵の内部。杉桶がずらりと並び、熟成を待つ。
    梁にはもろ味が張り付き、長い時の流れを感じさせる

  大正12年建造のコンクリート造りのもろ味蔵。
  妻壁が立ち上 げられ、中央部上端には大きな社紋。
  軒部には、コンクリ製の垂木を模したデザインがなされている。

寄せ棟屋根、板張りの外壁をもつ簡素な木造平屋建ての校舎
◆旧苗羽小学校田浦分校
(小豆郡小豆島町田浦、明治35年建築)
 壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台。昭和29年、木下恵介監督メガホン、高峰秀子主演で映画化され、一躍有名になった。因みに、子役には、1年生役と成長した6年生役のため全国からよく似た兄弟、姉妹を募集。3600組7200人の子供たちの中から12組24人が選ばれた、という。

 校舎は明治35(1902)年、田浦尋常小学校として開校、同43(1910)年苗羽小学校田浦分教場となり、昭和46(1971)年、廃校に至るまで70年間地域の教育を支えた。木造平屋建てで和風のささら子下見板張りの外壁、寄せ棟瓦葺き屋根が載る簡素な造り。教室が3室並んだ片廊下式の間取りで明治期の学校建築の特徴をよく表わしている。教室内は板張りの床、木製の椅子と机、オルガン、教科書などが置かれ、当時の雰囲気を伝える。校庭が狭いため、運動会は近くの遠浅の砂浜を急ごしらえの運動場として行われたという。
 なお、近くの映画村にもそっくりの校舎があるが、昭和62(1987)年、朝間義隆監督、田中裕子主演で再映画化された時、オープンセットとして造られたもの。

教室内部。波打つ板張りの床。机には小刀で彫られた傷跡が残る

旧東洋紡淵崎工場の事務所正面
◆旧東洋紡績淵崎工場事務所
(小豆郡土庄町淵崎、昭和8年建設)
 工場近辺は、近世以来塩田であったが、地元の塩田事業家・井上文八郎らの熱心な誘致が実り、昭和8年、その跡地に工場が建設された。第二次大戦末期には、旧陸軍に接収され、小型船舶による特攻の訓練基地(通称「若潮部隊」)として使用された。戦後はスフを中心に生産されたが、平成15(2003)年閉鎖され、翌年事務所を残して工場は解体された。
 事務所は、大振りな切り妻屋根と下見板張りの外壁、飾り破風が載る車寄せと昭和初期の事務所の特徴をよく表している。