岡山県   児島湾の樋門・干拓堤防跡


第一区第二号干拓堤防

 岡山県南部の児島湾周辺では、江戸時代以降、大規模な干拓が行われてきたため、堤防や樋門などの農業土木施設が数多く残されている。

◆開墾第一区第二号干拓堤防
(玉野市東高崎~岡山市南区灘崎町西高崎)
  明治33(1900)年頃に建設。その後の干拓事業で海側が埋め立てられたため堤防の役割はなくなり取り壊された個所もある。宮川樋門の東には、高さ1.5メートル前後の石積み堤防が約350メートル残る。


第一区片崎樋門

◆開墾第一区片崎樋門
(岡山市南区灘崎町西高崎)

 丈夫で安価、大量に手に入れることができることから、地元特産の花崗岩が多く使われている。柱は灯ろう風にデザイン。明治33(1900)年頃に建設されたものとみられる。樋門の海側は埋め立てられているが保存状態はよい。


第二区妹尾川三連樋門

◆開墾第二区妹尾川三連樋門
(岡山市南区藤田)

 海から見ると、平べったい石張りのアーチが3つ並ぶ。干拓地側にはレンガが使われている。明治37(1904)年に建設。今は電動で動くよう改修されている。道路拡幅工事のため近く取り壊される予定。