番組審議会

第315回テレビせとうち放送番組審議会議事録

開催日時 平成29年2月22日(水)14:30~15:30
場所 岡山市北区柳町2丁目1-1 テレビせとうち 大会議室
出席委員 千葉喬三委員長
小原悦子副委員長
池田清一郎
延原政行
小田久美子
真鍋正巳
小松原竜司
欠席委員 勝矢雅一
局側出席者 川端社長
下山専務
江草取締役報道制作局長
黒泉役員待遇編成担当補佐
佐々田編成局長兼編成部長
北條報道制作部長
宮田編成担当

議事の概要

ザ・ドキュメンタリー 試練の先へ 三菱城下町企業の選択
(平成29年2月4日(土)16:00~16:30 放送)

上記について審議、また事務局より視聴率および視聴者対応の報告を行った。

主な意見

■ただ一つ気になった点で言えば、岡部さんのところ辺りで犬を散歩させる姿などを映していたが、岡部さんの取り組みがやや情緒的に流れてしまったかなという印象を持った。品質で勝負しているということを伝えているならば、その辺のことをどう品質で勝負しているのかを丹念に描いていくのも一つの手法だったのではないかと思った。
とは言え私たちの新聞の世界と違ってテレビなので、情緒的な方が番組作りとしては良いというセオリーがあるのかもしれない。


■欲を言えば、30分の短い時間で色んな材料を使うのが難しい面もあると思うが、例えば経営者の家族とか従業員とか、あるいは地域経済にも影響を与えたと思うので、地域の商店の話とかそういう要素もあっても良かったのかもしれない。でも、三菱城下町企業の選択というテーマだったので、あまり色々盛り込みすぎても弱くなる気がしたのかもしれない。

■試練を乗り越え、未来を繋ぐための奮闘ということで、その記録映像として、きっとこのような人が紹介されるんだろうな、されればいいなと思うような絵に描いたような理想通りの経営者がチャレンジしていくという、あらゆる可能性を模索していっているというのがとてもよく分かる方々の姿を見ることが出来て、そして対比するような感じで静かに頑張っておられる岡部さんという方が出てきて、おそらく岡部さんのように静かに踏ん張っておられる方もいるんだろうなということを想像することが出来てとても勉強になった。

■岡山県でこんな大変な事象が起きたということで大変残念だけれども、三菱自動車の燃費不正ということで労働者の生活が大変だということで、会社も色々な設備投資をしたり、ロボットを入れたり、それから新しい機械を購入した時期に大変だったなと感じた。
家族の方もどういう思いで対応されていたのかな、もし私がそういう場合だったら家族も大変で、アルバイトなんかをしたりしていたのかなという気持ちもあったので、そういう何かを映したりがあっても良かったのではないかなと思った。

■企業城下町っていうのは本当に大変なことになるんだなという地域の問題と、それぞれの経営と経営者と従業員の方々っていうのは本当に大変なことになるんだというのを、初めからニュースで見ている状況とは違うんだぞという深刻度や大変さを見ることが出来、そして、それを上手に3人の経営者の方々を順次落ち込んでいる姿から始まって、そしてまた甘くはないぞという釘を刺しながら一応生産活動が再開なされて、そこで経営者の方々がそれぞれ明るい表情に変わっていって、暗いところから始まって最後には頑張るぞという姿を紹介して、これは見事な展開だったなと思った。

■このタイトルの「ザ・ドキュメンタリー」は、すごく意味深いイメージを与える印象となる。その割には甘いなという気がした。三菱自動車というイメージを仕入れたときに、一番知りたかったのは下請け企業の実情ではなく、やはり三菱自動車の操業が再開されて良かったねということではなく、根本的にどうすればいいのか、何が問題だったのか。まだあからさまにされず、「日産の傘下に入りましたよ」では、うやむやな感じがまだして仕方ないと思う。

■やはり三菱自動車の問題はどうなったんだという、そこがすごく遠慮があったように見えた。岡山では三菱のことは気軽に言えないというのが、城下町だけでなく岡山全体にそういうところがまだ残っているんだなという気がした。タイトルの「企業城下町」、「城下町」という言葉はお城に殿様がいるわけであり、その殿様が江戸時代は自分の持っている領地の城下町に対してどういう市政をやっていくかというのを名君と呼ばれる人たちはやってきたわけで。まさにその「城下町」という言葉を使うことで、殿様の三菱はこれで良かったのか?というのがずっとある。
もう一つはこの番組に社会性を持たせるとなると、一番始めに出てきた日本は重層構造で社会が、経済が作られているというとことで、トップのところがあまりどうなっているのか私たちは分からないわけで、その辺をこれから日本が世界的に発展していくためにきちっと厳しく問いたださないといけない、それこそがジャーナリズムの真理だと思って見ていた。


以上