修学旅行中の小中学生ら168人が犠牲になった旧国鉄宇高連絡船・紫雲丸の事故から71年がたった5月11日朝、慰霊碑が建てられている高松市の寺で、慰霊祭が開かれました。
高松市の西方寺では、現場の海を見下ろす境内には遺族会が建立した慰霊碑があり、毎年、事故が起こった5月11日に慰霊祭を開いています。
事故から71年目の今年は遺族ら7人が参列し、慰霊碑に手を合わせて犠牲者の冥福を祈りました。
事故は1955年5月11日の早朝に起きました。濃い霧が広がる中、高松港から玉野市の宇野港に向かっていた旧国鉄の連絡船・紫雲丸が、高松港からおよそ4キロの沖合で貨物船と衝突して沈没。修学旅行中だった愛媛や高知などの小中学生100人を含む168人が犠牲となりました。
紫雲丸遺族会の岩部吉雄さんは「(当時)朝起きたら濃霧でね。たまたま父が(紫雲丸に)乗っておりましてね。絶対こういう事故はあってはならんですよ」と話しました。
瀬戸大橋が建設されるきっかけにもなったこの事故。海の安全を守るために、事故の記憶を後世へとつないでいきます。